鉄鋼材料の靭性向上には結晶粒の微細化をはじめとするミクロ構造の制御が必要であり,種々の高靭性高張力鋼が開発されているが,ミクロ構造と靭性の関係には未解明な点が多く,多分に経験に基いた開発が行われている.本研究では,高靭性高張力鋼開発の基礎となる靭性の支配因子の解明を,新たに開発したミクロ破壊挙動解析モデルにより行うものである.
鋼の靭性はへき開破壊に対する抵抗を上昇させることにより達成される.体心立方格子構造からなる鋼は{100}面がへき開面に一致する(Fig.1).へき開き裂が結晶粒レベルで伝播する際,き裂先端に位置する結晶粒において,3つの{100}面のうち,最も高い応力が作用する面がへき開面となってその結晶粒が破壊する(Fig.2).このプロセスを繰り返すことによりへき開き裂が伝播し,破面が形成される.このようにして形成されるへき開破面は凹凸を有する.
|
Fig.2において,凹凸を有するき裂に対して局所的な応力拡大係数を求める(き裂面の凹凸により,混合モードとなる).この局所応力拡大係数からき裂先端に位置する結晶粒の3つの{100}面に作用する応力を計算することができ,へき開面として選択される{100}面を決定することができる.このプロセスを繰り返すことにより,へき開き裂伝播を計算機上で再現することができる(Fig.3).
Fig.4(a)は,本モデルの計算により得られたへき開破面の拡大図である.正方形のひとつひとつが各結晶粒のへき開面に対応している.Fig.4(b)はこの破面を真上から眺めたもので,へき開き裂の伝播方向を矢印で示してある.へき開き裂の伝播方向はすべてが連続的ではなく,異なる方向から伝播してきたき裂が衝突する場合がある.その位置を赤実線で示してある.この不連続境界線をはさんだ両側の破面の段差が大きいので,この位置で破面を形成する際のエネルギーが大きくなる.領域Aでは,ほかの部分より上方にき裂が伝播して停止している.領域Bで,き裂が回り込むことにより,領域Aの前方の破面を形成していることがわかる.このような不均一なき裂伝播の状況は実際の鋼で観察される破面にきわめて類似している(Fig.5).
結晶粒径を小さくするほど,上記の不連続境界線が多くなるので,破面形成エネルギーが高くなる.すなわち,結晶粒径を小さくするほど靭性が高くなることが本モデルから理解できる.
|

|
|
|
次に,へき開き裂がどのようにして停止するのかを衝撃試験により詳細に検討した.Fig.6(a)は通常の伝播部破面(き裂は200m/s以上の高速で伝播する),Fig.6(b)はき裂が停止する直前の破面である.同じ鋼・試験温度でも,き裂停止直前では,へき開き裂伝播方向のランダム化がより顕著となり,その結果,不連続境界線で囲まれた領域が小さくなることが分かる.本モデルによりき裂の伝播から停止に至る挙動を再現したのがFig.7(a),(b)である.実際の破面と同様に,き裂停止直前ではへき開き裂伝播方向のランダム化と不連続境界に囲まれた領域が小さくなる様子が再現されていることがわかる.き裂停止の直前では,き裂を伝播させる駆動力が小さくなり,へき開き裂は迷走して最後に停止するのである.
本研究で開発したミクロ破壊挙動解析モデルは他に類を見ないユニークなものであり,鋼における種々の破壊挙動を説明できるものと期待される.結晶粒の微細化を実現するためには,制御圧延が適用されることが多いが,圧延条件によっては結晶方位の異方性が顕著となり,靭性の異方性(き裂の伝播方向によってき裂伝播抵抗が変化する)をもたらすことがある.本モデルを用いることによりこのような現象を説明することができる.
鋼の高強度・高靭性化は,省エネルギーと炭酸ガス排出削減に寄与することができる基幹技術のひとつである.本研究を発展させて先進鉄鋼材料の開発に貢献できることを期待している.
|
|
|