水素ガスパイプラインでは,パイプ材料が長時間に亘り高圧水素ガスに晒されるために,水素が原子状態で鋼中に拡散侵入し,水素脆化を生じる可能性がある(Fig.1).既存の水素ガスパイプラインで水素脆化を原因とする事故は報告されていないが,将来の大規模な水素ガスパイプラインの建設をする際には,パイプ材料の水素脆化特性を詳細に評価しておく必要がある.
当研究室ではNEDOからの受託研究により,パイプ材料の水素脆化特性の評価を実施した.Fig.2はその結果である.準静的試験によって得られたき裂伝播抵抗は水素チャージを施した材料で若干の低下を示した.一方,動的試験(落重試験)によって得られた値は水素チャージ条件による系統的な変化は認められなかった.Fig.3は,対応する破面であり,準静的試験では,水素チャージにより破面上のディンプルが浅く,平坦部が増加するのに対して,動的試験の破面では水素チャージによる顕著な変化は認められなかった.このことから,靭性を考慮した既存の高張力鋼であれば,高圧水素ガスパイプラインの高速延性破壊に対する抵抗の低下は考慮しなくてよいことがわかる.準静的試験では延性が低下する可能性があるので注意が必要であるが,延性き裂抵抗は充分に高いので,き裂発生の制御も可能であると考えることができる.
鋼に水素が侵入することによって生じる靭性や延性の低下(水素脆化)の機構にはいくつかの仮説が提案されており,定まっていないが,水素原子と転位の相互作用が関与していることは間違いないであろう.水素が存在すると,転位が動きにくくなる場合と動き易くなる場合があり,この違いは歪速度も関係していると考えられている.原子レベルにおける水素の拡散や転位との相互作用について解析が必要である.
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